楽しい農家ライフ! 「アグリコラ」

そしていきなり食料が不足して物乞いライフに!


17世紀中欧、つまり神聖ローマ帝国配下のゆる〜い諸侯連合時代だけれども、そういう雲の上の話はいっこうおかまいなしの開拓農民になっておらが農家を盛り立てるゲーム。
もともとPCゲームでも内政・箱庭経営大好きなところにもって、2008年ドイツゲーム賞1位、シュピールデスヤーレス(ドイツゲーム大賞)複合ゲーム特別賞などなど高評価だったのでついカッとしてAmazonで購入した。

まずは夫婦2人でなにもない農地と掘っ立て小屋でスタートする。
ゲーム目的は14ラウンド以内にゆたかな農家を作り上げることだが、とにかく今年の冬を越せる目処がまったく立っていないので、まずは家族を食わせるために何か考えなければならない。最初の冬は4ラウンド後、最初のうちは1ラウンド2手番なので8手番で一冬分の食料を得なければならない。
食料入手手段は大きくわけて3つ、ひとつは牧畜、ひとつは農業。そして最後が魚釣りやら日雇い労働やらの即金収入。
牧畜は土地を柵で囲って牧場をつくって厩舎をつくって、野原で羊や野豚をひっつかまえて殖やして焼いて食う。
農業は畑をつくって種を仕入れてまいて収穫してパンに焼いて食う。
魚資源は釣ったらなくなるし日雇いは糊口は凌げるけど後にはなんにも残らない。

最初のうちは食料マネジメントに失敗してまだ子を産んでない家畜や植えて増やすはずの種籾を泣きながら食ったりする。まー慣れてくると計画立てられるようになるので、そうそう飢えはしないけれども。


多人数プレイゲームの対戦要素としては、夜中に隣村に潜んでいって種籾を収奪! 夜盗と取引して家畜小屋に放火! 娘の部屋に夜這い! 村八分! ・・・といった攻撃要素は残念ながらほとんどなく、アクションと資源のバッティングが主な要素。つまりそのターン、自分より手番が先の人が畑を耕してしまうと自分は畑を耕せないし、逆に、ここ数年誰も見向きもしていない葦原に行けばごっそりと葦材を入手できる。

基本的には得点表から逆算される「理想の農家」の完成系はじつはほぼパターンがいくつか定まっていて、オリジナリティあふれる俺農家!といったものは基本つくれない(作っても点が低い)。というか、農家だから。ムラ社会だから。あんまヘンテコなのはないですって。ので、クリエイティブにのびのびと箱庭つくるぞー!というのを期待しているとちょっとがっかりするかもしれない。

ただ、完成系は数パターンでも、そこに至るまでの選択肢は非常にバリエーション豊かになっている。だって、第1ターンに全員が木材取れるわけじゃない。ファーストプレイヤーが材木取りに行った時点でじゃあこっちは畑耕しておくか、といったふうに戦略を変えていかざるを得ない。1手番消費して次ターンのファーストプレイヤー権を狙う手もあるけれど、共倒れになって鳶に油揚げを攫われてしまっては元も子もない。
そしてそれに輪を掛けるのが各自に配られる各7種類の「職業」カードと「小さな進歩」カードで、これらには例えば木材が通常の倍取れるとか、家の建増しが簡単になるとかいった特殊効果が書かれていて、しかもこれらが合計300枚以上もあって全て違う効果なのだ。
第3者的に見れば、各プレイヤーがそれぞれ似ているけど違うルールのゲームを、資源だけは共通で争奪しながらプレイしている感覚に近い。

じつはこのゲームで、ゲームスタート以降にランダム要素としてシステムが提供するのは、各アクションが何ラウンド目にプレイ可能になるかという1点だけだ。それもステージが区切られているので、「すくなくとも○ラウンド目までにはこの要素が登場する」というのは確定できる。このゲームは農業を扱ったゲームなので、天候で作物が全滅したりといったアクシデントがありそうなものだが、意外なことにそういう要素はない。植えた作物は毎年きっちり収穫できるし、家畜もきちんと殖える。なので、最初に自分の手札が配られた時点で、究極的には自分がこのゲームで「何をどの順で行うべきか」というのはほぼ確定するのである(パズルゲームとしてそれだけを極めていく1人用ソリティアルールが公式に提供されているほどだ)。

だから、このゲームにおける究極の不確定要素は他プレイヤーなのだ。そして、他プレイヤーの手札(すなわち展開の青写真)は非公開情報であり、行動背景となる手札は母数が莫大であるために、手札が公開(プレイ)されない時点での意図予測は困難であり、事前に対策が打てない。
結局のところ、自分の農場を理想状態へもっていくための「やりたいことリスト」は胸に秘めながら、その場その場の資源状況で許される限りそれに近い手を打っていくしかない、というあたりが、このゲームがプレイヤーに課す制約条件の実体なのだ。
対人戦なのに、相手の意図が読めないので、積極的な妨害はほとんどできない。部屋を増築したから、次は家族を増やしたいだろうなあーとか、魚池にだいぶ魚が溜まってきたからそろそろ獲りたいだろうなー、といったところはある程度読めるが、自分が直接それに競合している状態でなければ、わざわざ妨害すると自分の手番遅れが痛いので積極的に嫌がらせをすることはあまりない。むしろ、何気なーく先手番プレイヤーと意図がかぶっていつまでも羊がとれない、というような時に、1手番つかってスタートプレイヤーを取るか、進歩とか職業をとるか、しばらく使う予定はないけどレンガ溜まってるからとりあえず取っておくか、といった「AプランがだめならBプラン」をいろいろその場その場で考えて切り抜けていくところに面白みがあるのだと思う。
そのプランBがまた他プレイヤーの意図を知らず知らず妨害して複雑系の相互作用になっていくところが全体像としては面白い気がするが、個々のプレイヤーとしてはやりたいことができないストレス状況でひとりで苦しむだけという話なので、まあボードゲーム初心者にはしんどいかもしれん。

カタンモノポリーだと停滞しかけた場で奇跡のような交渉をまとめあげて巻き返し、というような可能性もあるけれども、アグリコラだと頼るは自分のみ。そのわりにいまひとつ、勝ったときのカタルシスは薄い気がするんだけど、どうなんだろう。もうちょっと多人数プレイしてみないとそのへんはわからんのかも。