K-1 Premium 2006 Dynamite!!

あまり格闘技は詳しくないんですが、年越しはDynamiteを見てすごした。

桜庭の試合を楽しみにしていたんだが、ローブローが入ってレフェリーが止めたときのリプレイで桜庭の口が「ごっめーん!!」と動いていたので笑う。

まとめはこのへんの人たちが詳しいです。
http://d.hatena.ne.jp/tragedy/20070101
http://d.hatena.ne.jp/pencroft/20070102#p1
http://d.hatena.ne.jp/Nakamyura/20070101#p2

ところで他の試合のGDGDぶりに比べて所英男VSホイラー・グレイシーの試合はすっげえ!と思いながら見ていたんですが、格闘技ファンの人にはぜんぜん触れられていないのはなんでなんでしょう。

毎日新聞が新年からネットに喧嘩を売っている件

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/

毎日新聞が紙面連動企画として、「ネットの負の側面」に焦点を当てて、元旦から特集を組んでいる。
コメントを受け付けるブログと、WEBニュース、そして紙面でも同じ記事を載せている。

「ブログでご意見募集中」としており、いちおうブログ風スタイルをとっているものの、トラックバックは受け付けずに承認制コメントのみ、という前世紀のフィードバックスタイルを採用。相手の流儀では試合をしないというのは兵法と言っていいのかな。
コメントはこのへんのエントリについているものが総論的。

まあ実際のところこんなタイトルをつけてみた、俺は喧嘩を売られたとは思わないんだけれども、思う人はネットに多かろうから結果的に喧嘩を売っていることになるんだろうなあ、と思うので。記事だけを読むと「ネットはなんてひどいところなんだ!」という気になること請け合い。

元旦掲載の「第1部 失われていくもの/1」はいわゆる「炎上」ネタで、子供の難病治療に募金を募ったところサイトが炎上してしまい・・・という話と、ブログを炎上させてしまった夫妻が追い込まれる話、ひろゆきから損害賠償が取れない話と、ひろゆきのインタビュー記事。

1/3掲載「第1部 失われていくもの/2」はネットのペドコミュニティが実際に児童に被害を及ぼすまでにエスカレートしていた話。

1/4掲載「第1部 失われていくもの/3」はIT普及したオフィスでの社員監視に関する話。おまけのようにNTTデータ社内SNSの話が書かれている。


俺個人の感想としては、なんか的を外している気がする。
狙いどころとしては/1の話題が良いところを衝いている気がするんだが、衝ききれていない。

/1冒頭の2組の取材対象は「怪しいところがあると思われたから叩かれている」人たちであり、だから叩いている側にはそれなりの理屈がある。それを報じないまま「こんな被害があって」という報道だけでは、感情は動かせても論理的な説得力が得られない。何をしたからその結果を招いた、という因果が成立していないからだ。
「ひどいなあ」という感情論は揺さぶられるが、「果」しか書かれていなければそれが「やりすぎ」なのか「応報」なのか、そもそも「有名税」としてコスト計上すべきものなのかが判断できない。

既に10年前にデーモン小暮閣下が「匿名希望の新興暴力」と喝破したネット上の「大衆」は、しかしなにも21世紀に突然現れたのではなく、市民が国民となった近代社会には常に存在して、そしてこれまではマスメディアによって率いられていたのだ。ネットによって大衆の「性能」が向上し、大衆自体が情報収集能力を得てしまった今、マスメディア以外のもの、「大衆」自体が「自動発火」するようになった。
村八分」文化である日本のムラ社会大衆が、目に付いた何かを槍玉に挙げたがるのは今日に始まったことではなく、それを自制するはずのリテラシー能力を日本国民に与えないまま21世紀に至るまで導いてきたのは新聞をはじめとするマスメディア自身であって、本来ならばその総括がなされなければならないはずだ。まあもちろんそういうことが体質的にできないんであろうことは理解できるんだが。
よく燃える干草を積んだのは自分たちであり、そこに事件の火種と、ネットという風が加われば火事が起きるのは自明であるのに、風を非難したってしょうがない。風は制御できないものであり、制御できると信じるのは驕りか甘えだ。その点でひろゆきは一貫した態度を取っていると俺は思う。風通しが悪ければ空気は腐るのだし。


/2の話題の加害者たちは弱者たる子供の被害者が発生している以上もう何の余地も無く醜怪な悪で、これが性犯罪の話題であればちゃんとした記事なのだが、残念ながらこの特集は「ネットの負の側面」がテーマなのだ。ペド犯罪者のように「どう見ても悪」なものを挙げてくれば二元論的に話は簡単になると思ってしまう。しかしそれはネットが根源なのか?が断定しにくいという罠がある。だからアングラコミュニティ系は本来扱いにくい話題なのだ。そして案の定ハンドリングに失敗して、ペド犯罪者の罪悪とネットの負の側面を混同してしまっている。
幼い被害者が実際に発生しているという点で、読者は義憤に駆られるだろう。しかし、その憤激はネットに向けられるべきものなのか?

ペド愛好家とそのアングラコミュニティの根は深く、歴史はネットよりもはるかに古い。前ネット時代、80年代の漫画「パトレイバー」にも人身売買組織「パレット」が登場し、その「カタログ」を見た主人公たちがショックを受けるシーンがあるが、このショックと、この記事の読者が受けるショックは全く同じものだ。
ネットが無くても幼児性愛者はおり、そのコミュニティはあり、そうした少数マニア集団がマーケットとなって犯罪を発生させる。個人がその欲望充足のために発生させた犯罪ではなく、アングラコミュニティを地盤として発生した犯罪においては、犯罪者への報酬は、記事にあるようにコミュニティ内の「地位」であったり、あるいはカネであり、すでに幼児性愛というセクシャルマイノリティとは違う次元の話になっている。
そしてネットがない頃もこの構造はあった。ネットはたしかにアングラコミュニティの情報交換を容易にしたが、それを言うならネットはすべての情報交換を容易にしたのだ。郵便だって電話だって出版だって、それらがなかった頃よりはできてからのほうが情報交換を容易にしたに決まっているが、それと同じ話である。
だいたいこの話に登場するアングラコミュニティはオンラインではなく「オフ会」で画像交換していたのだ。記事には「ダウンロード」なんて書いてあるがつまり共有フォルダからコピーしてきただけである。彼らはネットが無くたって同人誌やカメラ専門誌でコミュニティを形成し、フィルムや別メディアで「獲物」を交換し合っていたに違いない。
だから、この犯罪者集団は本質的に「ネットの負の側面」とは関係ない集団なのだ。

もし、ネットに向けられるべきではない憤激をネットに向けようと毎日新聞が意図的にしているなら、それはアジテーションであって報道ではない。議論のレベルとしては問題外に堕する。俺は一応、そうではなかろうと思ってはいる。

ネットとペド犯罪者の問題の根の深さは、犯罪者集団やその予備軍が存在することなんかではなく、そういった者たちが生産したものが「拡散する」ということにある。そして、その拡散は制御不能だ。
Winnyを例に挙げるまでもなく、うっかり腹黒いメル友にヌード画像を送ってしまった女子高生とか、プリクラのメモリが残存して複写可能であるなんてことを知りもしないままエロプリクラとか撮ってしまった女子高生とか、その他いろいろの女子高生とかの写真がネットをぐるぐる回っていて、もし彼女らがそれに気づいて泣いて頼んだってもうそれを回収して消すなんていうことは村井先生でもできないのだ。これらの画像や動画はたぶん風化も破損もしないまま、jpeg規格が破棄されてデコード方式を忘れられるまで地球上のあらゆるルータやHDDの上を転々とし続ける。こればかりは如何ともしがたい「インターネットの欠陥」であり、そういうところにフォーカスするなら俺もううむと唸るしかないんだが一般の人にはイメージしにくいから記事にしにくいんだろうなあという事情も分かる。


/3についてはなんだか何が言いたいんだかよくわからん。
ネットが無ければネットで情報を見られないんだから、それがアクセス遮断されて仕事の効率が落ちる、という話は単に技術的な問題で、もっと精度のいいフィルタを何とかせにゃね、という以外になんかあるのか?
社内SNSの話も顔が見えなくて気持ち悪いよね?という感傷的な話にしか見えない。


まあそういうような感じで、なんか全体的に「もうひとつ」感が漂いまくりの毎日新聞特集について特集してみたが、書いていて思ったのはやっぱりまだ全国紙には無理なんじゃないのか、センセーショナルにもアジテーショナルにもせずに「ネットの負の側面」なんてのを描こうなんていうのは、ということです。
はてさて。